Tommy Kaira History
−すべては”夢”の実現のために−




「公認」へのこだわり

さて、昭和63年(1988)はトミーカイラにとって記念すべき年である。
当時人気・実力共に一線級だったR31スカイラインをベースにした伝説的なかの名車トミーカイラM30を発表する。
エンジン・足廻りはもちろん、エクステリア、インテリア、エキゾーストノートに至るまで念入りにチューンされ、
そして何より高い安全性はコンプリートカーの何たるかを世に知らしめたのだった。
マスコミは「新たな自動車メーカーの誕生」と競って報道し、全国のファンの視線を釘付けにした。
M30の注目すべき点は何より日本初の公認チューニング・コンプリートカーであるという事にある。
当時はまだ改造車といえば違法改造の暴走族的な認識が一般的だった時代だ。
しかしM30は運輸省に正式な届け出をし、公的な認可を受けたれっきとした合法改造車なのだ。
この名車はチューニング界のみならず、日本車の歴史そのものに大きな足跡を残した。
改造車の良からぬイメージを払拭させ、ヨーロッパ並みにチューニングカーを社会的に認知させ、
高いステータスを与えたのは他ならぬトミーカイラだったのだ。
それゆえ彼らの負った苦労は我々の想像を越えるものだったに違いない。
現在のチューニング界の隆盛に彼らが与えた功績は計り知れない。

また合法的改造であるがゆえに、パーツ供給が日産をはじめとする大メーカーに保証されているのも心強い。
これ以後、トミーカイラ製コンプリートカーの勢いは加速する。
常に最高の運動性能を求めるとともに、高い安定性、安全性、信頼性を兼ね備え、時代を先駆けたデザイン、
インテリア、エンジンフィール、エキゾーストノートというチューニング・コンプリートカーに欠かせない要素に決して
手を抜くことなくこだわり続け、今日までGT‐Rをはじめ、シルビア、プリメーラ、レガシー、インプレッサ、マーチ等々
をベースとした数々の名車を生み出し続けている。



「夢」は終らない−日本初のスポーツカーメーカーへ

しかし、コンプリートカーは彼らにとって通過点に過ぎなかった。
冨田・解良両氏の抱き続けた夢はついに平成7年(1995)に結実する。
完全オリジナルのスポーツカー、トミーカイラZZの発表である。
前後ダブルウィッシュボーンサスとアルミ押し出し材が生み出すわずか650Kgという軽量ボディとあいまって
それは公道を走るまぎれもないレーシングカーであった。
足廻りはキャンバーやキャスターなどをすべて自在に調節出来、自分だけのセッティングを出せる。
燃料供給はCR4連キャブとし、コンピューターに頼らないエンジン制御を目指している。これもオーナーの
好みや走りのステージに合わせてセッティングやメンテナンスを行えるためであろう。
このZZの発表により、トミーカイラはヨーロッパのフェラーリやポルシェ等と並ぶ「スポーツカーメーカー」としての
道を歩み始めたのである。もちろん日本初の快挙だ。
このZZのデビューに伴い、同年トミタオートは社名を変更し、「株式会社 トミタ夢工場」となった。
これはあの二人の男の夢を、そして我々ユーザーの夢を創り出そうという気概から名付けられた社名に違いない。

追い続けた夢をとうとう叶えた彼らであるが、トミーカイラプロジェクトはまだまだ終らない。
ZZをさらに進化させたZZ2、ZZ3の開発も既に発表されている。
彼らが次に何を見せてくれるか、我々オーナーズクラブはこの先も見守っていきたい。
(文責 今井@m13)


参考文献:
Super チューニング Vol.1 (株式会社研光新社刊)
日産オールアルバム PART3 (株式会社ネコ・パブリッシング刊)
GT-R Magazine 008 (株式会社 交通タイムス社 刊)
CAR and DRIVER 1996.11/26 (株式会社 ダイヤモンド社 刊)