Tommy Kaira Products
−職人気質のクルマ造り−


エンジンルーム内のプレート。これこそがコンプリートの証し。


信頼性の高さこそがトミーカイラのステイタス

チューニングカー群雄割拠の現在でも、とりわけトミーカイラのクルマは非常に特徴的である。
カタログスペックだけ見れば、現代のチューニングカーのレベルから言って実はかなり控えめな
数字でしかないかもしれない。これは突出した性能よりも信頼性とトータルバランスを重視する
姿勢のあらわれだ。そこにはトミーカイラのチューニングに対する毅然とした姿勢が表われている。

チューニングカーは多かれ少なかれ、ノーマルのクルマが持つ安定性のマージンを削り、その分を
走りの性能に割り振っている。これはトミーカイラに限らず一般のチューナーでも変わらない。
しかし、そのマージンの使い方にチューナーの嗜好が反映されるのだ。最高性能だけを追い求めれば
安全性や信頼性はかなり心細いものとなり、双方を両立しようとすれば我々にはとても手が出ない高価
なクルマになってしまう。これらのバランスの取り方がチューニングの方向性となって表われてくるのだ。
手に余るほどのハイパワーなモンスターマシンではなく、充分な性能の少し上あたりの性能で抑え、
余ったマージンで信頼性と安全性を強化したのがトミーカイラの生み出すクルマと言える。

確かに派手さはない。しかし、公道上はもちろんのこと、サーキットの上でも常人にはその性能を引き出せない
ようなカタログデータだけを追った過剰な性能のクルマがはたして我々に必要なのだろうか?
日常は街乗り車として買い物や通勤の足として充分に機能し、週末にはワインディングやサーキットへ持ち込めば、
これまた充分にオーナーの要求に応えてくれる。しかも市販車と少しも変わらない高い安全性と快適性、耐久性
を兼ね備えたクルマ。トミーカイラはそんなクルマだ。


ノーマルカーと変わらないメンテナンス

事実、トミーカイラのクルマは壊れない。
チューニングカーというと、壊れやすいというイメージを抱くかもしれない。しかし、ことトミーカイラに限っては、
ノーマルカーと全く同等の安定性が与えられている。それは、チューニング・コンプリートカーの元祖としての
自負でもあろう。日ごろから常識的なメインテナンスを心掛けていればほぼトラブルも無い。何らノーマルカーと
変わりのないカーライフを送ることができるのだ。もちろんそのままで胸を張って車検を通すことが出来るし、
定期点検もトミーカイラの特約店はじめとして、全国の一般ディラーでも問題無く受けられる。
しかしながら隣の家とはちょっと違う日常が手に入るのだからトミーカイラのある生活はやめられない。

また、その素晴らしさは高いトータルバランスにある。
一般ユーザーがノーマル車へパーツを闇雲に次々と取り付けたのでは失敗も多く、何より安定性に不安があり、
試行錯誤の結果、結局は高い代償を払うことになりかねない。それなら少々高価ではあるがしっかりとバランスが
とれたコンプリートカーを最初から手に入れた方が賢明ではないか。そこでまた個々のユーザーに不満が表われれば、
今度は経験豊富なトミーカイラのスタッフと共に、そこからオーナー独自の味付けへと煮詰めていけばいい。
事実、彼らの生み出すクルマは、ユーザーの好みに合わせられる余地を絶妙に残したクルマが多いのだ。


一台一台へのこだわり

前述の通り、トミーカイラの最大馬力やトルクなどのチューニングデータの数値は、今日のチューニングカーレベル
からすれば決して高いものではない。しかし数値として表われてこない「何か」を感じさせてくれるのもトミーカイラ
の面白いところだ。

彼らのクルマ作りは、素材を十分に吟味し、その持ち味の良さを生かす方向で進められる。言い換えれば彼らが
ノーマルカーの中で気に入った部分を伸ばすということでもある。そこにトミーカイラ独特の何ともいえない味わいが
付加され、全体として独自のアイデンティティーが創り出されるのだ。そこにはGT-Rからマーチまで、まさにトミー
カイラ的としか言いようのない独特の個性が厳然と存在する。

さて、トミーカイラのスペックは、相対的に高くない数値だと述べたが、一度設定した数値に対する彼らのこだわりは
並大抵のものではない。天下のトミーカイラともなれば、抱えているバックオーダーも決して少なくないものと思われるが
製品に対する真面目な姿勢から、彼らの理想とする数値を追求するがために、納期がどんどんずれ込んでしまう
ことも少なくない。商売のための数合わせのやっつけ仕事ではなく、一台一台納得のいくクルマだけを作り上げて
提供したいというそんなクルマに対する真摯な姿勢がある。そこに我々ユーザーは惚れ込むのだ。
だからこそ、我々はトミーカイラの生み出すクルマに絶大な信頼を寄せているのであろう。